器楽曲を書く難しさ-「弦楽のためのアダージョ」に寄せて-(99/9/26)


今日、浜松のアクトシティのホール開館5周年記念として行われた「パイプオルガンと合唱による名曲コンサート」に出演してきました。この企画は、指揮者として合唱指揮の第一人者である関屋晋先生をお迎えして、パイプオルガン伴奏で歌える合唱曲を集めて演奏する、というものです。合唱団はこの企画のために集められた人たちなので、まあ実力は推して計るべし、でありますが、本番前にはみんなの気持ちも盛り上がり、わりと聞ける演奏にはなったと思いますし、自分も十分楽しんできました。
実は、今日の演奏曲のなかにバーバー(1910-1981)のAgnus Deiという曲がありました。最近は合唱団の演奏する曲としてかなり定着しつつあるようですが、私自身はこの曲を歌うのが初めてでした。
ご存知の方も多いと思いますが、このバーバーのAgnus Deiという曲の原曲は、「弦楽のためのアダージョ」という曲です。さらにその大元はバーバーが若い頃に書いた弦楽四重奏曲の中の一つの楽章です。大指揮者トスカニーニがこの曲を初演し(1938)、各地でこの曲は絶賛されることになりました。ルーズベルト大統領の死去の際、それを告げる放送でアナウンスに続けてこの曲が流されたと言われています。非常に簡潔な書法でありながら、悲しげで内省的な印象が多くの人に感銘を与えるのでしょう。映画プラトーンで使われたことで、最近またこの曲が知られることになりました。
バーバーは1967年になって、この曲にミサ曲のテキストであるAgnus Deiの歌詞をつけた合唱版を作りました。この合唱版にはオプショナルでオルガンあるいはピアノの伴奏も付けられるようになっていますが、合唱で歌われる場合は一般的にアカペラで歌うことが多いようです。実は、今回の企画は当初オルガン伴奏で歌うはずだったのですが、関屋先生から前日にアカペラにしよう、という提案があり、本番ではアカペラで歌うことになりました。リハのときは、音が下がり気味でどうなるかと思いましたが、本番はそれなりに形になっていたように思います。

実はこの文を書くために、この曲のCDを探したのですが、弦楽のが1枚、合唱版だけで4種類も持っていることがわかりました。意外とおまけでついていることが多いのですね。
いろいろ聞いて見ると、テンポが遅い曲なので、演奏によって曲の長さがすごくばらつくが面白いです。8分前後の演奏が多いですが、私にはこれでも遅く感じます。ってことは今日の演奏はもっと短かったかな。最長のものはロバートショウ指揮の11分でした。これはさすがに遅いけど、合唱の人数でだいぶカバーされていて安心して聞ける演奏です。

さて、この曲は弦楽と合唱の違いについていろいろ考えさせられることが多い曲でもあります。
多分、弦楽の曲としては、かなり譜面が淡白に感じられ、どちらかというと簡単な曲に感じると思います。もちろん、この曲の持つ緊迫感を出すには弦楽であってもかなりの精神的な負担はあると思いますが。
しかし、合唱でこれだけ同じ音をロングトーンで持続させるのはきついです。もし、最初に合唱曲として書かれていたら、簡潔とはいえ、このようなロングトーンを使うことはなかったでしょう。ある程度の人数が確保できないと、ブレスをするのもままなりません。
あと、当然なのですが、合唱曲としては音域がむちゃくちゃきつい。これだけで一般の合唱団にとっては大きな障壁です。スーパーベースとスーパーソプラノがいないと全曲が歌いきれないです。多分、トランスレートの段階で、音域を整理したとは思うのですが、それでも整理しきれなかった部分はかなり合唱に厳しい要求をしていることは確かです。
また、弦楽版と合唱版を聞き比べると、高音の表情がかなり違うのが面白い。合唱は高音になればなるほど絶叫に近くなりますが、弦の高音の音はまた全然別の表情を見せます。また、低音の温かみも弦のほうが感じられます。
こうなると、原曲の持っている表情の豊かさを合唱で実現するには、相当の厳しさが要求されると感じられます。したがって、合唱する人にとっては、この曲はそれなりに難易度の高い曲であるということが言えると思います。
無論、合唱独特の美しさ、というのはあります。弦楽の重々しい雰囲気が、合唱だと教会の静謐な祈りの音楽に変ります。

正直言って、このようなきつい曲を歌うのなら、もっと簡単できれいな曲を歌いたいというのが率直な合唱団員の感情でしょうが、逆に団の力が出るゆえ、腕に覚えのある団体がこぞってとりあげるのでしょう。もとより音楽の美しさは折り紙付きですから、合唱の世界においてもこの曲の人気は衰えることはないと思っています。



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