年末には「惑星」を聴こう(02/12/28)


先週末、浜松交響楽団の演奏会で「惑星」を聴いてきました。
この曲、言うまでもないくらい有名な曲ですが、実演を聴く機会はそうあるものではありません。4管編成の大オーケストラに加え、2セットのティンパニを含む各種打楽器、ハープ2台、チェレスタ、オルガン、そして女声合唱を必要とすることもあり、なかなか一般には演奏されません。浜松に住んでいたら、こんな曲は一生のうち生で聴ける機会などほとんどありませんから、浜響でこの曲を演奏すると聴いて矢も楯もたまらず聴きに行った次第です。まずは、このような大曲を地方オケの演奏会で取り上げた浜響の皆様の意欲に敬意を表したいと思います。

こう言い切るのは多少憚れるのですが、「惑星」は比較的シンプルな楽想より成り立っている音楽だと思います。だから、メロディが強烈でインパクトが強く、クラシックファンでなくても楽しめる要素が多いのではないでしょうか。
そのシンプルさが場所によっては冗長さを生んでいるところもありますが、もとより作曲家が思い描いた音楽というのは、動機の絡まりからなる緊密な造形美の世界ではなくて、標題から発想されるイメージの音像化だったのでしょう。だから、あえて編成を大きくしても作曲家が望む音色が欲しかったのではないでしょうか。
ですから、この曲の性格を演奏で表そうとするなら、そういった音の輪郭や、音色の妙を際立たせるものでなくてはいけません。場合によっては、そのイメージをデフォルメすることによって、さらに印象的にすることもありだと思うのです。

そう、この曲こそ、現代的なスタジオワークで録音されることが効果的な音楽なのです。場合によっては、各楽器をバラ取りして、積極的にミックスしなおして、音源を作ってもいいかもしれません。
そして、それを最も極端な形で表現したのが冨田勲のシンセサイザー編曲による「惑星」です。
何度も談話で言っているように冨田勲が大好きな私ですが、このシンセサイザー編曲の「惑星」はとりわけ素晴らしいのです。ホルストにとっては迷惑な話でしょうが、冨田勲はこの曲の中に、宇宙をロケットで旅するストーリー性を持たせています。本編の曲以外にいくつかの効果音が追加されていたり、後半の「天王星」「海王星」はぶつ切りにされ、コラージュ風に扱われるなど、編曲の域をはるかに超えているわけですが、これがまたいい効果をあげています。

さて、このシンセサイザー編曲を聞くと、もうホルストの作りたかった音像はシンセのほうがよほど適役ではなかったかと思ってしまうのです。
特に、音量が派手ではない「金星」「海王星」などでは、たった一音が入念に音作りされたシンセのほうが効果的に聞こえます。ヴォカリーズの女声合唱などシンセの独壇場ですし、チェレスタの天上の響きもシンセの得意とするところです。
逆に、「火星」「木星」「天王星」などの派手な曲では、オーケストラの大音量が非常に印象的ですが、冨田勲は当然同じ土俵で勝負せずに、リズムのキレの良さやいくつかの印象的なアイデアでこれらの曲を表現しています。
近代の大編成オーケストラが目指した音色の多彩さは、恐らく現代においては様々な録音技術によって表現できてしまいます。そして「惑星」はなんかそういったことを思わず感じさせてしまう一曲なのです。

実際、浜響の演奏を聴いて、かなりアンサンブルの難しい曲なんだなあ、ということを実感してしまいました。これはもしかしたら、作曲家のホルストを責めるべきなのかもしれません。音色の妙を際立たせるためにホルストの行ったオーケストレーションはむしろ、コンピュータ上で動作するシーケンサの管理されたアンサンブルにこそ有効な気さえしてくるのです。


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