音楽の怪しいリクツ(02/1/28)


音楽とは「音」の芸術ですが、音である以上、音を扱う物理学と無縁ではいられません。
ネット上でも時々トンデモ系と思えるような、いろいろな音にまつわる怪しい記述が横行しています。もちろん、誰もが音に関する物理学にそれほど詳しいわけではないので、自信を持って言われると「そうなんだ〜」なんて思ってしまうこともあるでしょう。それが、プロの音楽家ならなおのこと。
合唱においても、この手の怪しいリクツはたくさんあります。ネタとしては、絶対音感、純正律、ピッチの精度、倍音、共鳴、発声(身体の仕組みなど)なんてところでしょうか。

今回は上の中でもピッチについて、私が思っていることを書いてみましょう。
音楽的にこのピッチを表す単位として「セント」というのがあります。多くの方がご存知と思いますが、100セントで半音、1200セントで1オクターブを表します。「セント」は音程の関係を表した数字であり絶対値ではありません。どういうことかというと、二つの音の差をセントで言うことは可能ですが、一つの音に対して「この音は何セントだ」ということはできないのです。これは数学的に言えば、「セント」とは音の絶対値表記である周波数「ヘルツ」と違い、ピッチを対数で表しているからです。
まあ、難しい話は置いといて(でも上の話を知っておいたうえで)、このセントという単位にまつわる怪しい話を結構読み聞きすることがあります。半音が100セントというのは相当細かい単位だと私は思うのですが、この数セントの違いを聞き分けられるとか、あるいはそんな能力はプロの音楽家なら当たり前だとか、どこどこの合唱団は数セントの違いを歌い分けている、とかまあなんと凄い人たちのいることか。
少なくとも私の周りでは、普通に歌ったって半音くらい下がる人たちはざらですから、数セントの違いがわかるなど夢また夢の世界です。もちろん器楽の人たちならもうすこしまともな音程感を持っていると思いますが、やはり数セントの違いとなるとかなりその認識は難しいのではないでしょうか。それに第一、人の心を打つような素晴らしい音楽を奏でようと日夜努力に励んでいるプロの演奏家の人たちが、数セントの違いを認識するための秘密特訓をしているとは私には到底思えません。それは、音楽することとはほど遠い能力だと思うからです。

ちなみに私は電子楽器の設計の仕事をしています。そういうわけで当然音を扱っています。数セントの違いもバグで上ってきたりします(-_-;)。私自身がその中で感じていることは、いかに電子的に作られた音が無味乾燥なものか、ということです。現在の電子楽器はほとんどがPCM(本物の楽器音を録音して、その音を出している)方式ですが、それは結局のところ全くゼロから音を生成しても、音楽的な音はなかなか出て来ないからです。例えばビブラート一つを取ってみても、人が心地よいと思うくらいのビブラートなら10セントくらいの振れ幅はあるはずです。これも、電子的に作った震え(LFO)よりは、恐らく多少ランダムな震えのほうがより音楽的に感じるでしょう。
自然楽器はどんな楽器でも人から直接パワーを与えられます。人から与えられたパワーにはどうしても微妙な揺らぎがあります。そしてそれらの揺らぎはピッチ、音量そして音色に反映します。もちろん、この揺らぎがひどいほど演奏が下手な人ということになるのでしょうが、音から人間的な温かみを感じさせるにはどうしても多少の揺らぎは必要なのだと思います。そのような揺らぎの全く無い音を誰でも簡単に作ることが出来るようになった今、あらためて人が奏でる音というものの凄さに気が付くのです。

こういった「揺らぎ」は常に正確さからはみ出るものです。恐らく1セントも揺らぎの無い音はほとんどブザーのような音に聞こえるでしょう。そしてまた、音と音がハモって気持ちよく感じるのは、物理学的な周波数比の問題だけではなく、もっと説明のしようがない演奏者の人間性のぶつかり合いから生まれてくるような気がするのです。


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