合唱叙事詩「詩人」

楽譜に書いた紹介文より...
合唱叙事詩「詩人」について
一つの曲があるストーリーをもって展開され、音楽によってその情景のイメージが何倍にも膨らんでいくような、そんな曲が書いてみたいと常々思っていました。この合唱叙事詩「詩人」が目指したのはそんな音楽です。音楽によってストーリーを伝える方法はいくつかに分類できると思われます。乱暴に二つに分けるならば、一つは、オペラやミュージカルのように演奏者の演技や言葉で、直接話を展開する方法、そして、もう一つはその対極として、交響詩のように音楽そのものがストーリーを描写する方法です。誤解を恐れずに言うなら、これらの中間点に位置するような方法で自分なりの表現を試みたのがこの曲です。合唱という手段を使い、直接に言葉を用いながら、言葉の足りない部分(言葉で表現しづらい部分)を音楽で描写する、という難題をあえて自分に課してみました。
詩は全くのオリジナルで、ヘッセの短編集「メルヒェン」より、「詩人(Der Dichter)」(新潮文庫版、高橋健二訳)の内容をもとに作曲者自身によって作られました。拙い言葉の羅列ではありますが、作曲者自らが詩を書くことによって、最大限に音楽が生かせることを優先しました。しかし、この曲の作曲作業は自分にとって非常に楽しいものでした。脳裏に浮かぶ色々なアイデアを整理するのが困難であったくらいです。結果として、私なりに生き生きした表現ができたと自負しています。
ストーリーは詩の理想を追い求めるある詩人の生涯を綴ったものです。この詩人に詩の極意を教える「完全な言葉の師」なる仙人のような人物によって、全体的にいささか東洋的な趣が感じられます(それを誇張するようなテナーソロの旋律!)。恋人も財産も捨てて、ハンフォークが達した境地は果たして彼にとって幸福なものであったのでしょうか?それは、このストーリーを読んだ皆さんの判断に委ねることとします。しかし、この話にはなんとも形容のしがたい壮大なスケールの無常観みたいなものが流れているように感じるのです。

全体は8つの曲に分けられます。最初に演奏されるPrelude(前奏曲)と、中間部で演奏されるIntermezzo(間奏曲)の2曲はピアノのみによる曲で、その他が混声合唱とピアノによる曲です。全曲の演奏には約40分を要します。それぞれの曲は、その一つ一つが通常の音楽のように形式的に調和の取れたものではなく、様々な情景や心象をつぎはぎ状につなぐことによって構成されています。しかし、それぞれの曲は、全曲を貫く複数の主題によって有機的に関連付けられており、この合唱叙事詩全体の統一感を彩っています。それぞれの主題は場面に応じて変化し、聞く者に無意識のうちに一定の感覚を想起させるよう配慮しました。
なお、ストーリーの全てを旋律で表現することの困難さと、音楽の単調さを避けるために、ストーリーを進行させるための「語り」を入れました。この「語り」を全くの肉声で演奏するなら、内容的にもバリトンの声がもっとも適していると思われます。もし、PAを使うのであれば声質は問いませんが、「語り」が不明瞭で聞き取りづらいということだけは避けてください。
演奏に際しては、様々な演出が考えられますが、あくまで演技などを伴わない演奏会方式で演奏されることを望みます。演出は特別にしなくてもいいのですが、作曲者が提案するものの一つとして照明があります。これも曲進行とリンクしたダイナミックなものほど効果があるでしょう。もし、十分な時間と人材があるなら、演奏会場内の良く見えるところに紙芝居式のスライド上映を行なうのもいいと思います。
演奏会が終わった後、観客が良質の映画を見終わったときのような感覚を感じてくれるのなら、作曲者として無上の喜びです。




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