混声合唱組曲「アステカのうた」


初演のプログラムより

最後の古代文明と言われるアステカ帝国が滅亡したのは1521年のことです。メキシコ中央高原(現在のメキシコ市)に位置したアステカ帝国はこのとき栄光の絶頂期にありましたが、時はあたかもヨーロッパの大航海時代にあたりました。スペイン人のフェルナンド・コルテスはわずか600人足らずの軍勢でアステカ帝国の首都テノチティツランを陥落させてしまいます。
先住民はスペイン人の宣教師たちによりキリスト教に改宗されました。その際、古くからアステカに伝わる古代宗教や神話・伝説・詩歌は焼かれてしまいます。その一方で、先住民にキリスト教を布教するためには元からあった先住民文化とその思想の理解が不可欠だと宣教師は悟り始めます。そして、先住民が記憶していた祖先伝来の伝承や詩は、採集、記録されスペイン語に翻訳・編集されます。

野中雅代訳による「アステカのうた」(青土社)は、そのアステカの素朴で土着的な詩の世界を日本語に訳し、紹介したものです。
その中では、自然の驚異、運命の理不尽さ、男と女の戯れ、それらが率直に語られ、彼らの中の原始的な宗教観の中で消化されています。そしてその素朴でありながら人間の持つ本能的な感性に、私たちは何かしら郷愁のようなものを感ぜずにはいられません。
文明化によって失われたもの、という表現はステレオタイプかもしれません。それでも、私たちがもう戻れない原始的社会に想いを馳せるのは、失われたユートピアに対する儚い羨望があるからなのだと思います。

曲は全編5声部によるアカペラで書かれています。古代文明時代に語られた詩ではありますが、現代的な和声感覚とリズムで、あたかも目の前で詩の世界が繰り広げられているような現実感を表現したいと想い、作曲を進めました。この曲を聴いてくださった皆様に、わずかばかりの幻想的な時間を楽しんでいただければ幸いに思います。

「アステカのうた」より 4. 陽気な風



inserted by FC2 system