2.指揮法基礎編(review編)


3月27日(水)13:00〜17:30(基礎編)
3月28日(木)10:00〜12:00(review編)
3月29日(金)10:00〜12:00(review編)
講師:佐々金治

1.序
今回の第一目的とも言うべき指揮法の講義である。出席者の約半分は学生指揮者と思われた。また、その他は学校の合唱部の担当の先生、そして私のような一般合唱団の指揮者である。女性は約3分の1程度。比較的若い人が多かったが、割と年配の方も見受けられた。あとで一緒に講座を受けていた学校の先生と話したのだが、この講座を公費を使って受講しているようである。羨ましいかぎりだ。
講師の佐々先生は見たところかなり年配の方である。どことなく世間の感覚を超えた仙人風の印象を感じた。また、自分の言った冗談がうけなくても全く意に介さない飄々とした様はまさに人生の達人とも言うべきであろうか(暴言多謝)。
さて、佐々先生は自らを斎藤秀雄先生の指揮法の直接の継承者といい、この斎藤メソドに忠実に従っているそうである。また、ほとんど昔話といっていいような斎藤先生の厳しいレッスンの回想等も語っていた。斎藤先生はしばらく指揮の練習をしていて全く才能がないと見ると「君は指揮者としての才能はないから別のことをしたほうがあなたのためになる。もう君には何も教えないよ。」と言ってその日から全く相手にしなかったとか。若干尾ひれのついたエピソードではあるが、斎藤先生の厳しさをよく物語っているのだろう。 そういうわけなので、この講座はすべて斎藤メソドを忠実にそのまま教えてもらうという形式をとって進められた。佐々先生曰く「指揮法は百ぺん本を読むより、一度本物の指揮を見たほうがよほどためになる。」ということで、まさにそのとおり、今まで斎藤秀雄著の本は読んでいたものの、この講座で佐々先生が振ってみせてくれた実際の指揮はまさに実感を伴ってわかるものであった。
なお、佐々先生の講座では受講生は全員指揮棒を使って練習した。合唱では実際には手で振るものだが、今回は指揮の図形や動きを明確にするためにあえて棒を使うようにしたとのことである。

2.指揮法の8つの基本運動
指揮法はまず以下に挙げる基本の8つの動きの説明に沿って行われた。
2-1.たたき
これは文字通り「叩き」である。加速を持って手を振り下げ、ある点ではねかえり、そこから減速する運動である。しかし、結構奥が深い。たいていの人は加速で点に向かうまで(点前)はできるのである。しかし、その後の(点後の)減速運動ができないのである。これは人に見てもらうとよくわかるのだが、点後運動では大抵の人が、減速を始めるのが遅くなり、かなり手が上に上がってから初めて減速される。しかし、実際には点前で加速されたのと同じポイントで同じように減速されなければいけない。佐々先生の指揮は全く見事で点後にすぐ減速する様がよくわかった。しかし目で見るより実際に行うのは難しかった。減速をもっと早いポイントで、ということを意識し過ぎると今度は「叩き」のエネルギーが失われてしまうのである。あくまで「叩き」の強さを感じさせながら、点後の減速を的確に行わなければいけない。
2-2.しゃくい
例えば、一定の速さで円を描いてみる。このとき、円運動の一番下の点が最大速度となるように、その前を加速運動、その後を減速運動として棒を振ってみる。このときの円運動の下側の半分が「しゃくい」と呼ばれるものの形となる。先生はその最大速度の点の上に金魚の絵を書いて、まるで金魚すくいのようなイメージでしゃくいを動かす、といったところから「しゃくい」と名付けられたことを教えてくれた。この方法は明確な点を見せないことから、「叩き」より若干レガートの音楽で用いられる。この「しゃくい」の練習は上記の円形打法を練習することによって修得する。
2-3.平均運動
これは文字通り、棒を平均の速さで(等速運動)動かすといったものである。これは「しゃくい」よりさらにレガートな音楽で使われる。平均運動<しゃくい<たたき、の順に音楽の拍は明確になり、また逆の順にいくほどレガートな音楽を表現できる。
2-4.撥ね上げ
これは棒が下のある位置で停止している状態からポンっと「撥ね上げ」る運動のことである。動かした瞬間は加速運動であるがある程度いったところで減速をする。この運動をうまく言い表わした表現として、熱いなべに手をつけて「アチッ」と瞬間手を遠ざける動きだといわれていた。なるほどいい比喩である。さて、これは主にどんな使い方をするのかというとaccel.のときに効果的である。下手な指揮者だと一生懸命「叩き」の速さを速くして上から下の運動で音楽を速めるようにするが、これはいたずらにせわしなくなり効果的なaccel.にならない。この「撥ね上げ」を使うと棒を下からひょいひょいと引っ掛ける感じで簡単にテンポを速めることが出来る。ここで先生は「カリンカ」を歌いながら、実際にその様を見せてくれた。その後何回も...。
2-5.直接運動
これは、ある位置AからBへ瞬間的に棒を移動させる運動のことである。このとき位置 AやBでは移動後、しばらく棒は停止している。この運動を連続させると、音楽的にはテンポが一定でしかも速い場合に最小の労力で表現することが出来る。そういえば、昔浜松でカルミナブラーナを歌ったとき、指揮者の沼尻氏が1曲目の3拍子のところでこういうふうに振っていたことを思いだした。
2-6.先入
さて、この「先入」というテクニックは実に技巧的なものである。これを使えるとほんとうにかっこいい。このテクニックを使わなくても指揮は出来るが、これを使うことによって表現の幅が広がる。佐々先生曰く「伝家の宝刀」なのだそうだ。しかし、これを文章で表現するのは本当に難しい。私も本で読んだときは全然ピンと来なかったのだが、実際に佐々先生の指揮を見て、なるほどこういうものか、というのがわかった。
あえて、書いてみるとしよう。例えば、4拍子で4拍目から次の小節の頭の拍で「先入」するとする。このとき、4拍目での棒の上げは通常の半分くらいにとどめ、次の1拍目の打点のところまですぐに棒を持っていく(この動きを「ト」と表現する)。ここで、棒を停止させて、1拍目のタイミングで「撥ね上げ」を行う。このテクニックを使うことにより、Tuttiで一斉に音を出すときなどで非常に固い音を出すことが出来る。
2-7.分割打法
これは一つの拍を分割して2つや3つに分けて振ることをいう。まあ、おなじみのものである。
2-8.省略打法
フェルマータのときは、全部の拍を振る必要はない。次の出まで指揮を省略することを省略打法という。特に説明の必要はないだろう。

3.予備運動
さて、実際に指揮を始める際、まずどうしても必要なのが曲の入りを明示することである。曲を始める際に出だしのテンポなど明示する運動を「予備運動」と呼ぶ。これが明確にされないと、曲はしっかり始まらない。まず、この「予備運動」では「撥ね上げ」を用いてテンポを明示する。撥ね上げた後、棒の動きを十分減速させて、上に上がり切ったところで初めて1拍目の運動を始める。ところが、これが実はなかなか出来ないのである。たいていは、撥ね上げた後、十分な時間無しにすぐに1拍目に入ってしまう。これでは明確にテンポが明示されず、演奏者がいつ出ていいか予期しにくい。私などはいつも曲の始まる前の拍を2拍ほど振ってしまうのだが、音楽の始まる前の指揮は最小限であるべきである。そうすると、1拍で音楽の最初のテンポを明示させるテクニックがどうしても必要である。
このあたりから実際に受講生が前に立って、先生の連れてきたピアニストに対して指揮をする実技に入った。このピアニストは先生の言うには「この人は、あなたの振ったように弾いてくれます」というと、思わず受講生はおののいてしまうのだった。私はいきなり2番目に指揮をさせられることになり、みんなの前で指揮をした。ところが、撥ね上げで予備運動をしたのにピアニストは弾き始めようとしない!うぅ、いじわるー!私はここで全く狼狽してしまい、そのあと3回ほど同じことを繰り返し、その度ピアニストは全く弾き始めてくれなかった。恥をさらすようだが、それだけ「予備運動」での撥ね上げが難しいということを実感したのだった。客観的に他者から見ると、やはり入るタイミングが不明瞭な指揮であったのだろう。
ところで、曲の入りが裏拍から始まる場合はどうしたらいいだろう。例えば、2拍目の裏から入る曲の場合だと、2拍目から予備運動を始めたのでは、十分なタイミングを明示できない。このときは、1拍目から振ってあげるのである。この拍を「カラ棒」と呼ぶ。カラ棒では大げさな動きは必要なく、棒を軽く上下させてやればよい。例えば「遥かな友に」は2拍目の裏から始まるが、この場合、1拍目を軽く明示した後、2拍目で撥ね上げを行ってやればよい。そうすれば、2拍目の裏からはっきりと歌いだすことが出来る。

4.基本運動のバリエーション
上で説明した8つの基本的な運動に加え、いくつかのバリエーションがある。
まず「叩き」のバリエーションとして、「叩き止め」というのがある。これは点前の運動で点までいった後、そこで止めてしまうことを言う。また、点後で反動で来た分いくらかはねかえるが、すぐに止めてしまう振り方を「反動止め」と言う。これらはスタカート等音符の短い様子を表現するのに有効である。
また先入にも「半先入」と「1/4先入」というのがある。これは「ト」をどれだけ明確に明示するかによって決まる。当然、「半先入」「1/4先入」にいくに従ってだんだん「ト」を明確に入れないようにする。使い方としては、やはり「先入」の強さによって使い分けるということに尽きよう。

5.テンポ変化の明示
例えば、ある小節から急に違うテンポになる場合、どのように指揮したらよいだろうか。まず、遅いテンポから速いテンポになる場合。このとき、速いテンポになることを前の拍で示さないと、次の新しいテンポで演奏できない。例えば、3拍子で moderato から allegro に変わるとき、変化する最後の小節では「1、2、3、ト」と、3拍目の裏に「ト」を入れて、そこからの撥ね上げで次の小節からのテンポを示すのである。この運動もいわゆる「予備運動」の応用と考えられよう。
では、次に速いテンポから遅いテンポになる場合はどうするか。このとき、1拍前に遅いテンポを明示している時間はない。これは考えてみればわかるだろう。こういう場合は、まず遅いテンポに変わった小節の1拍目にまず突入してしまう。そして、この1拍目の点後の運動にて以降のテンポを示すのである。当然、テンポは遅くなるのだから、ここでの点後の運動は以前より遅く振るわけである。

6.ディナーミク等の表情の表現について
指揮をする手の振るスペースを考えてみる。手が最大に振れる縦幅、横幅で示される長方形の中に指揮の図形が全て入るとすると、この図形が縦長であるほど、リズムが強調される。逆に横長であるとレガートっぽくなる。
また、図形が大きくなるほど音量は大きくなり、逆に図形が小さくなると音量は小さくなる。まあ、このへんは簡単に理解できる内容である。

7.円形運動での頂点の移動
円形運動は指揮の基本的な練習の一つである。通常の円形運動で最下点でスピードが最大になるような加速、減速運動を行うと円形の下半分が「しゃくい」になることはすでに述べた。では、スピードが最小になる点(頂点)はどこに持っていけばよいか。特に6/8拍子やワルツを一つで振るような場合、この頂点を円形運動の真上に持っていくと、どうもノリが悪くなるのである。このとき、頂点を真上から少し降りたところに持ってくるとよい。そして、そのポイントから加速運動を始めていく。ウインナワルツの微妙なテンポの揺れはこうした指揮から生まれるのだそうである。

8.感想
上のほかにもいろいろな話しをされたが、全ては書ききれないし、佐々先生も特に順を追って教えてくれたわけでなく、その場その場で受講生を指導しながら話していく、というスタイルだったのでこんな形にまとめさせてもらった。
受講生が多かったこともあり(約30人)、一人一人丁寧に教えてもらったとは言い難い。むしろ、佐々先生の棒さばきを見て、どのような場合にどのように振ったらよいかを目に焼き付けることが今回の講義で必要な点であっただろう。特に、指揮法で最も広く知られている斎藤メソドを中心に行われたことは、私にとってとても有意義なものになった。
実は今、斎藤秀雄著の「指揮法教程」(橙々色のやつ)を見て気づいたのだが、佐々先生の講座で使用した課題曲がそっくりそのままこの本に付録として載っていたのだった。うーむ、ちょいと安易じゃないか?ま、いっか。
最後に佐々先生の名言を一つ。「音楽はテクニックだけでは作れない。だが、テクニックなしでは作れない。」


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