恐るべき進化の話


 私は、あまりテレビを見ないほうである。暇がないというのもあるけど、面白いテレビ番組がないというのが多分大きな理由。最近はすっかりドタバタもののバラエティー番組を見る気がなくなってしまった。なんでだろう?ま、それはともかく、そんなテレビの中でもNHKは私が安心して見ることができる唯一のチャンネルである。うるさくないし、出演者に影響されるような小賢しい装飾が少なく、真実を真摯に伝えようとする態度は他のテレビ局の追随を許さないであろう(でも受信料はまだ払ってない^^;)。
このまえ私が見た「NHKスペシャル」は久しぶりにテレビにかじりついた興味あるドキュメンタリーだった。どんな話かというと、病源菌の治療の最前線にまつわるもので、われわれが克服したと思われている多くの病源菌が実は進化を遂げていて、現在治療に使われている抗生物質が効かなくなってきている、という内容のものである。このような新種の病源菌を耐性菌と呼ぶ。恐ろしいことに、われわれがすでに完全に克服したと思っている結核にもこの耐性菌が現れていて、すでに全世界での結核の死亡者は最盛期を上回るものだという。
この番組の中では、抗生物質がどのように菌を殺していくか、そしてそれに対して耐性菌がどのような方法でこれを克服したか、というシステムが、ミクロレベルでまた化学的に説明されていた。簡単に説明すると、菌は自らが大きくなる過程でその細胞膜を張っていかなければならないが、そのために膜の成分となるものを支えるための酵素(?)を持っている。抗生物質はこの酵素と結びつき膜が支えられるのを邪魔する。結果細胞は膜が張られなくなり、自らの内圧に耐えられなくなり破裂する。これが抗生物質の作用である。問題は、この酵素と抗生物質の結びつきである。病源菌は新たに進化を遂げると、この抗生物質と酵素が結びつかなくなるような新しいシステムを獲得するのである。人間はそれに対してまた新しい方法で、酵素と結びつくような新しい抗生物質を開発する。しかし、それに対抗して病源菌はさらにまた新しい方法を編み出していく。いたちごっこである。
また恐ろしいことに、この抗生物質にやられた耐性菌でない菌の残骸が養分となって、耐性菌はさらに繁殖する。つまり、抗生物質を投与するほど、耐性菌は増えていくという皮肉な結果となるのである。
私には、ここに病源菌が生き延びようとする意志に驚くほどの知能を感じてしまう。人間はいったい何に対して挑戦しているのであろうか?神に?
そういえば、エイズウイルスも恐ろしいほど進化が早く、世界中でいろいろなタイプのエイズウイルスがあることを聞いたことがある。生物の大きさの単位が小さいほど、進化が早いことは確かなようだ。
また、いくつかの社会的問題も存在する。デンマークのある学者がこの耐性菌の出所について調べたところ、大規模な屠殺工場に行き当たった。ここで飼われているブタや鳥には成長促進のため、抗生物質が使われている。そして、これらの食肉用の動物の体内で耐性菌が増殖されている、という事実が浮かび上がった。もう一つ、現在、抗生物質の開発はメーカーにとっても割に合わず、多くの薬品メーカーが撤退しているということがある。ある薬品を販売するには莫大な量のテストをしなければいけなくなってきており(これも社会的要請)、また十数年の開発にわたって多額の出費の末、ようやく製品が出荷されても、すぐに新しい耐性菌が現れてしまうのだ。
現在、アイスランドでは抗生物質の治療を行わないようにする、という新しい試みが行われている。簡単にいえば、抗生物質を薬局で買っても保険がきかないようにし、結果的に高価な薬となるようにしている。確かに、これは一つの選択である。抗生物質がなければ耐性菌は現れない。事実、アイスランドでの耐性菌の発生は年々減少しているようである。

しかし、こういった話を聞くと、われわれが自然を克服するなんて夢また夢、のように思えてくる。どんな特効薬もいずれは自然の変化で意味のないものになってしまう。私は基本的に唯物史観的な発想を否定する者であるが、さらにその思いを強くしたのであった。結局世の中はなんにも進歩なんかしてないんだよねえ、きっと。


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