作りたい人々(00/10/15)


「なんかモノを作るのが好きなんですよ」作曲でもなんでもモノを作る人はそんな言い方をします。もちろん私もそう。同じような感覚を持っている人って周りにはそんなにいないのですが、ネット上でいろいろな人のHPとかを見てると、ああ、やっぱり同じような人種はいるんだよなあ、とちょっと嬉しく思ったりもします。
そういった人種にとって、何より大事なのは「作りたい」というその理由も明らかでない衝動なのであって、作るための技術や理論というのは常に後でついて回るものだという感覚が強いのです。これは、そういう人種でなければなかなか分かってもらえないことで、技術があるから、能力があるから作っている、などと思われるのはそういった「作りたい人種」を理解していないんだよなあ、といつも感じてしまいます。

ボイトレでお世話になっているO先生の話ですが、有名作曲家S氏とこんな会話をしたことがあるそうです。
「S先生、私にも作曲を教えていただけません?」
「今まで何か曲を作ったことあります?」
「いえ、ないですけど」
「じゃあ、教えません。」
「...」
なんとも示唆に富んでいて面白い話だと思います。私も思わず、それ良く分かります、と相槌を打ってしまいました。
作りたい気持があれば、まず作るのが作りたい人種の基本的行動であって、そこで技術的壁にぶつかって初めて理論の必要性を感じるのです。そういった性癖はおそらくかなり若年よりあるはずで、10代くらいの間に実際に何か作ることを始めてなければもう作るチャンスはないのではないか、と私は思います。
大人になって、どんどん知識がたまり良いものとそうでないものの分別がつくようになると、作りたい気持はどんどん萎えてしまいます。自分がやろうとすることが自分の目指すほどの高みに達せられるとは到底思えなくなるからです。それでもなお作ろうとするのは世間知らずなロマンチストか、すでに自分の腕に過剰な自信を持っている人くらいなもので、たいてい創作家はそういった類の人種であったりするわけです。

仕事ではプログラミングをしておりますが、作るという意味ではそういった自分の性癖を満足させる仕事であると思っています。
しかし、仕事となるとことはそう簡単ではありません。技術屋ですから必要な知識というのはやはりあるわけで、作ることだけに満足していると一見関係ない知識力がつかなくなり、総合的な技術屋としてのスキルが向上しないのです。
世の中には作りたい人種が優遇されるような開発現場というのもあるのでしょうが、一般的には「作りたい気持」よりは「技術的スキル」のほうがよほど大事で、やはりコツコツと勉強する人が結果的にはよい技術者になっていくようです。



inserted by FC2 system