音取りの話(00/7/30)


合唱をやっていて、やっかいでありながら意外と語られないのが音取りのことです。
歌を歌う技術の中で最も大事にされるのが一にも二にも発声。楽器としての声を磨くという意味で、これはまあ当然のことなんですが、音取りの技術はソルフェージュ力とも関係があり、もう少し語られてもいいんじゃないかな、という気持ちがあります。
器楽の世界では、譜面を読む段階というのは個人の練習に任されているのが一般的ですが、合唱団では最初に新しい曲をやるときに必ず音取りという練習段階を経ます。この期間をなるべく短くすることにより、音楽作りに時間をよりかけれることになるのですが、音取りの早さに大きく個人差が出ることもしばしばで、人数の少ない合唱団では結構切実な問題だったりします。本当は、音取りは個人でやってくるぐらいのやり方をしたいものですが、たいていのアマチュア合唱団ではそこまで音楽的に成熟していないのが普通でありましょう。

どうやったら音取りが早くなるか、私なりに昔からいろいろ考えてみたものです。人にもこうしたらいいよ、なんていろいろな機会に話したりすることもありました。しかし、どうやら音取りの早い人はみんな同じ方法ではなくて、いろいろなアプローチがあることにだんだん気づいてきました。まずは、音取りの早い人の類型化をしてみましょう。
その1.固定ド&ピアノ音の記憶型
実は音取りの早い人で最も多いタイプなのがコレです。音大出はほとんどこのタイプといっていいでしょう。また昔ピアノを習っていた、という人はまずこのタイプです。具体的に言うと、楽譜にある音符は固定ド的に認識し、その音を頭の中でピアノ音で鳴らすのです。ピアノの前で音符を見て、その音の鍵盤を指で叩いたときの音響の記憶をたどり、その音のピッチを引き出すというわけです。もちろんこれはピアノでなくても構わないのですが、たいてい楽器を習っていたというとピアノということになるのが普通でしょう。
このタイプの特徴は、理屈抜きで音取りが早い、ということ。それに、過去の記憶の蓄積による強力な能力であり、人に伝授することが不可能であるということです。従って、音取りの遅い人にこの方法を薦めることは出来ません。もしやるのなら、小さい頃から人生をもう一度やり直すしかないでしょう。
このタイプの欠点。音取りで言えば、#やbが多い調になると音取りが遅くなる、というのがあげられます。また、音楽を調性で感ずることが少ないので、合唱のより精密なハーモニーを目指すときに行き過ぎた絶対音感が邪魔をすることがあります。ただこれは随分高いレベルの話なんで、ここでは置いておきましょう。
その2.瞬発的記憶力に頼り型
これは特に音楽を昔からやってきた、というわけではないのですが、類稀な記憶力を持っており、一度聴いた旋律を忘れないタイプの人のことです。この人は楽譜を見てもいきなり音を取ることは出来ません。そういう意味ではソルフェージュ力を持っているとは言えないのですが、自分の歌うべき旋律を一度ピアノで弾いてやるか歌ってやるかすると、次にはもう歌えてしまうのです。
滅多にいませんが、時々こういう人を見かけて驚くことがあります。これこそ、能力の問題であり、上と同様人に伝授することは全く不可能。このタイプの人は、基本的に音楽の技量にはかける部分はあるものの、柔軟にものを受け入れる性格が備わっていると、下手に音楽をやったことがある人よりずっと大事な合唱団員となるでしょう。

実は音取りの早い人の大多数が上のようなカテゴリーの範疇にいる人で、その事実に気づくにつれ、自分の方法を人に押し付けても説得感がないなあ、なんて感じたりします。私の方法とは次のものです。
その3.移動ド&調性感じ型
残念ながら、幼少の頃に習った音楽教育が中途半端なものだったため、私にはピアノの音響の記憶が身につくには至りませんでした。従って、まともな絶対音感を持っていないのです。私の音楽の習熟度は常に作曲行為と一緒にあったため、音の理屈を体で覚える、ような感覚で音楽を認識するようになりました。
このタイプの音取りの仕方は、以下のような段階を必要とします。
1.まず調性の分析をします。調号が書いてあればそこから何調かを得ます。途中で転調する場合、どの調に移ったのか導音を手がかりに調べます。
2.その調で移動ド読みをして音を取っていきます。
最初に調性を調べる部分はさほど難しくないと私は思うのですが、たかだか調号を見て調性を判断するだけでも、なかなか人は覚えてくれないのですね。どうも最初から音楽理論を敬遠しようとしているとしか思えないのですが、ここが移動ド型の基本ですから、まずはしっかりやってもらわなければいけません。
そして、何より難しいのは、五線譜を見て移動ドで読むことです。もちろんハ長調ならたいていの人はできます。しかし、「ド」の位置は他に7つ場所をとり得るわけで、この残りの7つについてすぐに読めるようになる訓練をしなければいけません。これは明確な目的意識を持って訓練する必要があります。私がこれを意識したのは大学の頃で、自分の移動ド能力を高めるため、いろいろな調で移動ドを読む訓練を密かにやっていたのです。ハ長調の次に出来たのは、へ調、ト調でした。そして次はホ調、イ調。一番苦労したのはハ調に近接するニ調、ロ調でした。しかし、これもいろいろな曲でやっているうちにかなり慣れてきて、どの調でも移動ド的に読めるようになったのです。
しかし、それにしても上の二つの方法に比べるといかにも面倒で、大変な手順を踏みますが、小さい頃にピアノを十分習っていたわけでもなく、また類稀な記憶力を持っているものでもない人は、頭を使って音を取るしかないと私は思います。
なお、このタイプの欠点は、分析に要する時間だけ音取りが遅くなるという点、頻繁な転調、あるいは無調音楽には全く通用しない、という点が上げられます。特に最近は、調性の安定しない曲が多いので、こういった場合移動ドで歌わないけど頭に調性を思い浮かべる、といった現実折衷型で私は対処しています。
この話、まだまだネタは尽きないので、そのうちまた書くと思います。



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