仮想楽器のためのアンサンブル(00/7/16)


器楽曲は自分にとってなかなか書く機会が少なく、そのため器楽曲を書くための自分らしい様式を持っている、と確信できないのが正直な気持ちでした。自分自身合唱の世界にいて、合唱曲はこうあるべき、と思うような基準は自分の中にはぼんやりあるのですが、器楽となるとジャンルも幅広く焦点が定めにくいのです。自分の中に器楽曲における理想像がなければ、曲を書く指針も成り立たないし、結局作曲行為も迷いの連続となります。
そもそもクラシックにおける現代の器楽曲作曲の現場というのが一般聴衆と乖離しすぎているとは多くの人が感じるところではないでしょうか。合唱曲が一般の合唱団によって絶えず委嘱され、その中でも良いものが歌い継がれているという状況と比べると、これはかなりの差を感じます。そのために器楽曲の作曲そのものに興味が持てなかったというのは正直あります。
また器楽曲は編成が多種多様で、そのため演奏機会が少ない。ましてフルオーケストラの演奏など一部の有名作曲家でしか実現できません。やはり曲など演奏されてなんぼのものですから、演奏機会のない作曲にモチベーションが湧くわけがありません。

いろいろな作曲家の例を考えてみても、自分なりの作曲様式を確立するためには創作の中心となるジャンルが必要だと思われます。恐らく、音の組み立て方に細心の注意を払うためには、楽器の特性などの要素を入れたくないからでしょう。ある程度自分なりの音の組み立て方が確立できれば、応用はそこから派生させればいいわけです。
近代の多くの作曲家は、ピアノ独奏をそういった創作の中心に据えているように思います。それはピアノの広い音域と表現の幅の大きさが、器楽曲を実現する最も小さな単位として適当だからでしょう。そのため作曲家にはピアノ演奏の技術があって当然と思われているのも確かです。また、ピアノ作品なら演奏の機会もかなりありますから、作曲家も書く気が起こるというものです。

しかし私は器楽曲創作の中心ジャンルとしてあまりピアノ曲を選ぶ気になれません。もちろん自分があまりピアノが弾けないということもあります。「ちょっと弾いてみて」と言われて自分で弾けないのは悲しいですし。
しかし自分にとってもっと大きな理由は、ピアノ曲は独奏でありアンサンブルではない、という点にあります。音楽演奏の最も大きな楽しみはアンサンブルにあると思っている私としては、器楽においてもアンサンブルを自分の中心ジャンルにしたいのです。
もう一つの理由としてピアノの音の特徴が挙げられます。ピアノの音の大きな問題点は、ピアノで発する一音へのコントロールが他の楽器に対してかなり劣る、ということです。どういうことかというと、ピアノでは一度鍵盤を叩いて出た音に対して、音量を変えたりビブラートを掛けたりすることは出来ません。つまり一音あたりの表現力が貧困なのです。ピアノというのは一音あたりの表現力を捨て、代わりに大量の音を鳴らすことを可能とした楽器だからです。それは音の組み立て方をいろいろ工夫してみるという意味で作曲家には歓迎すべきことでしょうが、微妙なハーモニーの味わいを感じることが少なくなり、逆に刺激的で不必要な音符をたくさん書いてしまうことにつながりかねません。またこういったことは、アンサンブルの楽しさからさらに一段遠ざかってしまいます。

こんなことをこれまでつらつらと思っていたのですが、最近あるアイデアが浮かんだのです。これは題にもあるとおり仮想楽器によるアンサンブルというコンセプトです。仮想楽器とは、具体的な楽器を指示せずに音域にあった楽器なら何でも演奏可能とする、ということです。
バッハの曲で「音楽のささげもの」や「フーガの技法」など、楽器の指定のない音楽があります。確かにバッハの音楽はきわめて緊密な音の連結より作られており、楽器を選ばずともバッハの美しさは堪能できるのです。さらにバッハ以前のルネサンスの時代となれば、声楽パートをいろいろな楽器がなぞったりするなど、その場に応じた編成の自由さがあるように思います。
むしろ近現代の音楽は、楽器の特殊な音色を積極的に利用することはあっても、他の楽器で代用できるほど音符そのものが力を持っているかというと疑問を感じてしまいます。
無論、自分の音符が楽器を特定しなくても美しく響くなどという自信はほとんど持っていないのですが、編成を選ばないことにより演奏機会が増えるかもしれない、という期待もありますし、理屈からすれば楽器の栄枯盛衰があっても声楽と同様生き延びることが出来る生命力のある音楽である、と言えるでしょう(もちろんそれほどの価値があれば、の話ですが)。

そんなわけで、このコンセプトについて具体的に検討してみました。
まず、少しでも多くの楽器が演奏可能となるように一パートは、同時に一音しか出せない、ということにします。弦楽器のような重音を認めれば、それで演奏できる楽器はかなり限定されてしまいます。
またパート数ですが、重音を認めないため、カルテットすなわち4パートでは和音的に面白くなりにくいと思い、5パートとすることにしました。逆にこれ以上多くなると、同属楽器としてのアンサンブルとしては、音像が散漫になるような気がします。
問題は音域です。たくさんの楽器で演奏可能にしようと思えば、音域は狭くせざるを得ません。しかし、そうなると音楽のダイナミズムが失われます。ただし音域を広くしても、特に高音域は楽器の特性によりかなり表現が異なるので、取り扱いは難しくなります。オーケストラの弦楽器、管楽器はのきなみ3オクターブほどの音域を持ちます。サックスでは2オクターブ半。
そして、結果的に私が下した結論は、ダイナミックな表現を削っても、音域を狭くし、緊密なアンサンブル音楽にしようということでした。一パートあたりの音域は2オクターブとし、各パートは以下の音域とします。(C3はMIDIの用語で、ピアノの真中のCを意味します)
 仮想ソプラノ:C3〜C5
 仮想アルト:G2〜G4
 仮想テナー:C2〜C4
 仮想バリトン:G1〜G3
 仮想バス:C1〜C3
ソプラノの最高音域がC5なのはちょっと寂しいですが、ここだけは多少ルールを破ってもいいことにしましょう。まあ、それにしてもかなり表現力を犠牲にした設定ですが、逆に刺激のある音を減らすことによって安易な表現に自分が陥ることを防ぐことができるとも言えるでしょう。
いま思いつく器楽アンサンブルとしては、弦楽アンサンブル、木管アンサンブル、金管アンサンブル、サックスアンサンブル、リコーダーアンサンブルなどが考えられます。Wind MIDI Controller によるシンセサイザーの演奏も面白いかも。

少しでも多くの人に触れてもらうために、この一連の楽曲では、楽譜や音源の公開を積極的に行っていくつもりです。興味がありましたら、遠慮なく連絡ください。

('02 1.5補筆)


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