テヌートの話(00/6/25)


もしかしたら演奏家と作曲家の間で一番解釈や感覚が異なっているのはこのテヌートではないか、と思うことが良くあります。その他の音量記号とかテンポの記号とかは割と即物的で、定義自体に曖昧さが少ないのですが、テヌートには裏の隠れた意味が結構多くて、その解釈が違ってしまっているのではと考えたりします。
そもそもテヌートの定義自体が怪しいのです。「音を十分に延ばして」というような定義がされていると思いますが、この定義だけだと音符の長さに関してだけしか述べていません。従って言葉どおりに読めば、その音価で示されている長さまでめいっぱい音を延ばして演奏すればよいということになります。
音の長さをめいっぱい延ばせば当然前後の音符と近づき、音量的にはくっついてしまうと考えられます。例えば、4分音符で同じCの音が4つ書いてあるとします。もし、この4つの音符に全てテヌートが書いてあれば、演奏者はどう演奏したらよいでしょう?
十分に音を延ばしたため、前後の音符とくっついてしまい、4つのCの音が一つの音符のようになってしまいます。声楽のように歌詞がついていれば一つ一つの音符とみなせますが、母音唱だったり器楽だったりしたらどうでしょう。音符が4つあるから申し訳ないのでなんとなく音の盛り上がりを4回つけて、音をつなげて演奏したりすることはないですか。
しかし、私の感覚としては、この4つの音はきちんと切って演奏したいのです。もちろんこれはスタカートにするということではなく、その切った時間は非常に短くするのですが、その上にその音符を十分「鳴らした」上でということなのです。その結果その小節が全体的にテンポが重くなることでしょうが、それこそ作曲家が意図したことではないか、と私には思えます(もちろん、ケースバイケースで、あくまで一般論としてです)。

音をつなげる、という意味ではスラーがあります。これも誤解を招きやすい記号ですが、この定義からいくとスラーには必ず2音符以上が必要です。つまり音と音との関わりに関する記号なのです。このスラーに関してはまた後日思うところを書いてみようと思います。
さてテヌートというのは、これはあくまで一音符に対する記号であり、その音をその周辺のフレーズの中でどのような地位に見立てるのか、そんな感じに捉えるべきだと思います。
そう考えると、テヌートはどうも音価だけを操作する記号ではないと思うのです。そのフレーズがどのような重心を持っているか、ということを作曲家が示すために付けているのです。もちろん、テヌートがあるから直ちにその音がそのフレーズの重心点であるとは言えませんが、その音にある種のふくらみを持たせることにより、フレーズの起伏を演奏者に示したいのです。ですから物理的に言えば、音量にもテンポにもテヌートの効果は及ぶはずです。
これをより明確に示した記号として、一音符に<>をつけたりしますね。俗に三善アクセントなどといったりしますが、果たして本当に三善晃が発明したのでしょうか。それはおいといても、この記号だと少し効果があざとくなってしまうことが多く、私にとってはテヌートのほうがもう少し上品な感じがします。

別の効用としては、テンポ変化があった場合、特にリタルダンドの場合、テヌートを併用してその効果を高めるということもあるでしょう。いずれにしろ記号の視覚的効果を狙ったとも言えますが、こちらのほうが定義に近く誰にでも判り易いと思われます。
小さな記号なので見落としがちなのですが、こんな記号でも作った人の気持ちが込められているわけですから、十分演奏には反映させたいものですね。



inserted by FC2 system