気になる作曲家 ジェズアルド篇(99/10/31)


気になる作曲家シリーズということで、自分が歌った(聴いた)いろいろな曲を元にその作曲家について思うことなど書いてみようと思います。
これまで歌う機会がなかったのですが、最近ジェズアルドのマドリガーレの曲を某団体で練習しています。
この作曲家、合唱関係の人以外はあまり知られていないと思います。いわゆるルネッサンス時代の作曲家で、その作品のほとんどが声楽曲なのですが、当時としては全く破格な音楽を作った人として知られています。

ジェズアルドを語る上で書かせないエピソードがあります。
なんとこの人は、浮気した妻と寝取った男を浮気の現場で殺してしまったという経歴の持ち主なのです。この事件は当時も大きなスキャンダルとなり、かなりの美人と噂されたジェズアルドの妻の死に際して、世間では殺された二人の方に好意的だったといいます。ジェズアルドはかなり身分の高い人だったのですが、この事件をきっかけにしばらくは謹慎するはめになりました。つまりジェズアルドは音楽史上ほとんど唯一と言っていい殺人作曲家なのです。
もっとも、これはジェズアルドが短気な暴力者だったということではなく、むしろ気が小さくそれでいて自尊心の強い人間だったようです。実際彼は憂鬱気質で後半生はその症状に悩まされました。

このような暗い過去に示されるように、ジェズアルドの作風は非常に暗いトーンが支配的です。
もちろん、ジェズアルドというと、ルネサンスとは思えないような半音階的旋律、不協和音、突拍子な転調などが特徴的で、これだけの面を見ると音楽的な冒険者、あるいは前衛音楽の旗手などとも言えるのですが、それはあくまで現代からみた見方でしかないのでは、と思うのです。
彼がその当時にそのような奇形な音楽を作ったのは、音楽の前衛を試みたというよりは、ほとんどその彼の陰鬱な性格ゆえだったと思われます。つまり、どろどろとしたジェズアルドの内面的な情念が、当時としてはあまりに不可思議な響きを誘発したとは言えないでしょうか。また、ジェズアルドは職業作曲家ではなかったので、自由な立場で作曲が出来たということも大きな一因でしょう。
実は私が歌っているのはたかだか3曲のマドリガーレなのですが、その曲を歌ってもう一つ思ったことがあります。
あくまで私の感想なのですが、ジェズアルドは必ずしもそこに書かれた音楽を頭の中で流して響かせながら書き進めたとは思えないところが多々あるように感じるのです。むしろ、パズルをはめ込んでいくような感覚で、最低限の和声が破綻しないように、譜面の上だけで音楽を作ったような感じがあるのです。もちろん、楽器を使わないで作曲した、という意味ではありませんが、頭の中で鳴らすには、あまりに時間密度の濃い部分が多すぎるのです。自分でも歌っていると、あまりに各声部が錯綜していて縦がきれいに響かせるような秩序が見当たらなくなることがあります。
無論、実際にはちゃんと全て計算済みで書いていたのだ、と言われれば反論は出来ませんが、もしそうならもう少し書きようがあるだろうに、と思えます。

しかし結局それこそがジェズアルドの魅力なのでしょう。何百年の時を超えると、ほとんど素人書きとも思える破天荒さも、不思議な魔力に変わってくるものです。また、当時の常識が薄れてしまえばしまうほど、その作曲家の本質が大きくクローズアップされてくるものです。
そうして初めて、音楽の技術的な力量でなくて、そこに内在する創作家の内面世界が私たちの心を捉えるものなのだと思います。



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