ネアンデルタール人(03/11/1)


進化心理学、遺伝子の話から関連して、人類の進化についてちょっと興味がありました。たまたま読んだ「ネアンデルタールと現代人」(河合信和著、文春新書)が面白かったので、紹介しましょう。

人類の進化というと、これまで猿人→原人→旧人→新人と説明され、原人の代表として、北京原人とかジャワ原人、旧人としてネアンデルタール人、そして新人はクロマニヨン人、などといろいろな本に書かれていました。私も小さい頃に読んだ「学研の図鑑」にそんなふうに書いてあったように記憶しています(今思うと、学研の図鑑シリーズの本の絵って結構脳裏に刻まれてるんです)。これは、人類全体が一つの種として、少しずつ進化してきたという考え方です。

人類進化の定説というのは、こういう学問ジャンルが成立して以来、実は非常に激しく変遷しています。上で書いた説は単一種説といって、80年代まで主流の考えでしたし、恐らく私たちの世代が学校教育で受けた内容だったと思います。
ところが度重なる発掘の成果として、それに変わる多地域進化説が主流になります。これは、例えばアジア人(モンゴロイド)は北京原人から進化したものだし、ヨーロッパ人は原人からネアンデルタール人、そしてクロマニヨン人に進化したもの、ということです。このように、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアの各地方で、若干のずれはありながらも人類は同時的に進化してきた、というのがこの説です。
ところが87年に現在の決定的学説といわれるミトコンドリア・イヴ説が発表されました。最近テレビ番組で特集されたりして馴染みのある方もいると思いますが、この説により以前の説は全く駆逐されてしまいました。これまで、人類進化に関する研究は発掘された人骨を調べ、その類似性より進化の過程を類推するという形だったのですが、この説は最新の分子生物学の成果を用い、ミトコンドリアのDNAを使った結果出されたものだったのです。
通常、人間の遺伝情報は各細胞の核の中にあるDNAに記録されているわけですが、同じ細胞内にあるミトコンドリアの中にもDNAは存在します。ミトコンドリアDNAは、母親からしか遺伝しません。つまり自分のミトコンドリアDNAは基本的に全て母親と同じものなのです。
ところが、DNAは複製の際、若干のミスを起こします。これは突然変化として生物進化を起こす原因となるわけですが、ミトコンドリアDNAはこの複製ミスが、核内DNAより10倍起こりやすいのです。この複製ミスは全体として考えると、ある一定の変化率を持っているので、ミトコンドリアDNAを調べることによって系統が分かれた時期を知ることができ、研究者にとっては便利な分子時計の役割を果たすことになるのです。
この発表を行ったレベッカ・キャンは世界各地の人々からミトコンドリアDNAを採取しました。そしてその分析を行った結果、現在の人類は20万年前のアフリカにいた一人の女性(ミトコンドリア・イヴ)から派生したものだ、という結論を得たのです。

さて、これ以上細かく書くと、随分長くなりそうなので、結局この本で語られている現在の考えかたは、こんなイメージです。
人類は、約500万年前にチンパンジーの系統と分岐し、約250万年前に二足歩行を始めるなど、人類(ホモ属)としての進化を始めます。この間、人類はいろいろな方向に進化し、いくつかの系統に分かれます。人類はアフリカのみで進化しましたが、新たな食料を探すため、150万年頃から次第に世界各地に移動し始めます(第一次アウトオブアフリカ)。この末裔が、北京原人、ジャワ原人などとして発掘されたのです。ネアンデルタール人はヨーロッパに渡ったその末裔と考えられます。20万年前にアフリカで生まれた現在の人類(ホモ・サピエンス)は、10万年前の第二次アウトオブアフリカにより世界中に拡がりました。最終的には、ホモ・サピエンス以外のホモ属は全て消滅し、現在は人間のみが、ホモ属の生き残りとなっているわけです。

そして、面白いことは、ネアンデルタール人の最も新しい痕跡は3万年前頃であり、またユーラシア大陸に現在の人類(新人)が渡ったのは10万年前くらいと考えられるので、実はヨーロッパ及び中東地域で数万年に渡ってネアンデルタール人と新人が共存していたと考えられるのです。
ぱっと考えると、新人がネアンデルタール人を駆逐したとも思えるのですが、それにしては共存の時間が長過ぎると言われています。この不思議な人類同士の共存期間、それぞれはお互いをどう思っていたのでしょうか。もっともネアンデルタール人は、宗教や文化を持つほどの思考は持ってはいなかったと思われますが、それにしても我々とは異なる知能の発達した動物が同時に存在したその感覚は、想像するとちょっと不思議な感じがしますね。


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