発声とアンサンブル能力(03/7/5)


合唱する人の最大の関心事は、どこに行っても大抵発声のこと。場合によっては、合唱のほとんどの問題は発声しかないと思っているような人も見かけます。
私だけの考えかもしれないけど、発声は合唱音楽の修練に必要なことの2,3割程度のものだと思っています。特に、合唱団の人数が多くなってくればなおさらのこと。もちろん、発声という言葉がどのくらいの拡がりを持って認識されるかによって、多少の誤解は生じるかもしれませんが、これが私の正直な気持ちです。

どのような演奏形態であっても大事なことはアンサンブル能力です。
アンサンブル能力というのは、大まかに分ければ、音楽を聞き取る耳の能力、音楽で表現したいことを十分把握し、そのために自分がすべきことを把握する能力、そして自分の考える音を実際に出せる能力、と考えられます。これは、ある演奏の中での個々の演奏者を、一つのフィードバックシステムと捉えるといった切り口によるものです。
フィードバックシステムとは私がなんとなくイメージだけで言っている言葉ですが、例えば制御工学などで言われるようなものと同類と考えれば良いでしょう。

突然また理系的な話で恐縮ですが、どのような演奏も、瞬時に音を聞いてそれに随時反応しながら自分の演奏に反映させるという意味においては、機械を制御するためのフィードバックと同様なシステムが動作していると考えられます。
例えば、オートエアコンのシステムをあなたが作るとします。残念ながら、これから作ろうとする冷房の機械はスイッチのON/OFFしかないものとします。オートエアコンですから、設定された温度があり、現在の部屋の温度を測る温度計とこのスイッチをON/OFFするためのシステムを作ることになるわけです。
このシステムを一番簡単に作ろうとするなら、温度が段々下がって設定温度になったらスイッチをOFFにし、温度が段々上がって設定温度を超えたらスイッチをONにする、という方法が誰でも思いつきます。
まあ、部屋についてるエアコンをみんなが操作するときは大抵こんな感じで操作しているのが普通ですね。でも、これだと、部屋の温度がちょうどいい状態があまりないと思いませんか。だいたいは熱いか、寒いかになってしまうのです。
実際のオートエアコンの動きは、温度が下がっていて設定温度になる少し前にスイッチをOFFにし、温度が段々上がって設定温度になる少し前にスイッチをONにします。この「少し前」という時間(あるいは温度)は計算式で求めることが出来ます。このようにすれば、部屋の温度はより一定に保たれるようになります。

これだけの話を聞いて、音楽と何の関係があるの、と突っ込む人がいるかもしれません。
しかし、アンサンブルしているとき、人は上のようなことを無意識にやっています。例えば、必要以上にテンポが走り始めたとき、ピッチが悪くなってきたと感じたとき、演奏者は必ず補正します。断言しますが、あなたはしてないつもりでも、必ずしています。でなければ、人とピッチやテンポが違ってもその人は永遠に合わせることが出来ません。
要は、アンサンブル能力とは、その補正能力のことです。テンポが走り始めたといかに早く気付き、そしてそれをどのように最適に補正するか、こういう能力に優れた人がどのようなアンサンブルでも要求されます。

人々が発声練習で習っていることは、実際に思った音をどのように出すか、という点のさらにまた一部分にしか過ぎません。もちろん、自分が思っていてもうまく声で表せないというのは、演奏者として忸怩たる想いを感じるのは確かです。しかし、うまく声で出せないのは、実はその人が出したいと思っている声(あるいは、やろうと思っている演奏)自体が間違ってるんじゃないの、という疑いを私はどうしても拭いきることが出来ないのです。


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