演奏のオリジナリティ(03/6/28)


オリジナリティという言葉は非常に大切なものであると同時に、非常に難解で多義的な言葉でもあります。
「最近面白かったもの」で取り上げたアカペラグループ、トライトーンですが、彼らはポピュラー的世界にはいるものの、ほとんどオリジナル曲を歌いません。
では、トライトーンはオリジナリティに乏しいのか。もちろん、私はそんなことはない、と言うでしょう。

ポピュラー音楽の世界では、これはもうオリジナル曲を歌うのは当たり前のことのように思われています。どのようなオリジナル曲を歌うのかというのが、アーティストのオリジナリティということになってくるわけです。しかし、ポピュラー音楽世界でオリジナル曲を歌うことでオリジナリティを出すためにはいくつかの前提があります。
それは、例えばアーティスト自体の人格がもたらすカリスマ性、歌詞の世界やメロディの持つ叙情の独自性というようなものです。そのアーティストしか演奏できないような曲、という考えもあろうかと思いますが、実例はほとんど見当たりません。

ポピュラー音楽なら、バンドであっても、たいていはバンドの顔になる人がいて、そういう人がアーティストのカリスマ性を醸し出すものです。しかしアンサンブル能力を武器とする音楽家の場合、人格的なカリスマ性などむしろ必要のないものです。実際、音楽の楽しみ方には、当然ながら演奏の名人芸を楽しむといった要素があります。こういう嗜好を満たしてくれるジャンルは一般的には、クラシックであり、ジャズであったりするわけです。
すでにお分かりの通り、トライトーンはポピュラー的世界にいるけれども、アンサンブルを主体にした演奏の芸を楽しませてくれるグループであり、オリジナル曲でヒットチャートを駆け上がる他のアーティストとは若干肌合いが異なります。だからこそ、彼らはオリジナル曲で彼らのオリジナリティを追及する必要が、それほどないのだと私は思うのです。

演奏芸を楽しませてくれるには、演奏の難易度を上げざるを得ませんが、こうなると音楽は段々複雑になります。複雑になると、聴いてくれる人が少なくなる。しかし、そういったジレンマは、既存曲の編曲という方法でかなり解決されます。逆に、良く知られた曲をこの団体が料理するとどうなるか、という別の意味でのオリジナリティが生まれてくるのです。
だからこそ、演奏芸で聴かせるグループというのは、編曲の比率が高まってきます。これは古今東西、一般的にある現象と言ってよいものだと思います。

多少の語弊はありますが、単純に言い切ってしまいますと、音楽演奏のレベルそのものを楽しむような音楽鑑賞の仕方は、「大人の文化」に属するものだと思うのです。大人だからこそ、微妙な味わいの違いを楽しめる、というわけです。もちろん、演奏家のカリスマ性や情感の世界というのも大事なんですが、それは恐らく音楽でなくても一般的な芸術全てが持つ要素なわけで、音楽だけが持つ楽しみとなると、やはり演奏の芸の高さを鑑賞することでしょう。
最近は少子化や不景気などで、レコード会社も音楽消費のターゲットとしてもっと上の世代を狙っているような感じを持ちます。ポピュラー音楽でも、過去の有名な曲を取り上げたりするようなことも昔より多くなった気がします。私自身は、そんな傾向に密かに好感を感じていて、少しずつでも、音楽における「大人の文化」が盛り上がってくることに期待をしているのです。



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