テンションを理解して歌おう(02/9/15)


前回、ほんのちょっとの和声の知識があれば、もう少しハモリの精度が高まるのでは、というような話をしました。
そこで、私自身のこれまでの経験から最近のテンションを多用した和音を演奏の中でどのように感じたらよいか、考えてみたいと思います。
ただし、注意しなければいけないことは、理論を覚えることが大事とは思わないこと。あくまで実践が伴うことが条件です。どんな技術的な話も実践を伴わなければ、机上の空論になってしまいます。私も技術屋ですから、多少理屈っぽいのは好きですが、自分が実践不可能なレベルの理論など無意味なのです。所詮音楽は、最終的には感覚しか頼りにならないのだと私は思います。

とりあえず、通常の長三和音、短三和音、それから7th(属七)の和音までは、理解し、かつハモるための実践をしている、というレベルから始めましょう。
これらの和音に加わる最もポピュラーなテンションコードは"maj7th"の和音だと思います。「ド」が根音のときの「ドミソシ」という構成の和音です。一般にフランス系の音楽に多いといわれているようですが、現代曲の場合どちらかというとポピュラー音楽の影響が多いように感じます。個人的な経験でいえば、プーランクあたりから和音として積極的に使われているように思います。
お気づきのとおり、この和音の難しさは根音である「ド」の音と、テンション音であるmaj7thの「シ」の音が半音でぶつかることにあります。もちろん、同じmaj7thの和音でも、前からのつながりや、音の跳躍、母音などによって、ピッチの取り方の注意すべき点は変わってきますが、ここでは話を単純にするために割と音価の長いキメの和音という状況で考えてみましょう。
この半音のぶつかりに対して、合唱団員はどのように反応するでしょうか。長三和音の音響しかイメージできない人は、ぶつかった音が不安になり、この半音の差を埋めようとしてしまうかもしれません。この場合、maj7thを歌っている人は高めにとってしまうし、逆に根音を歌っている人は低めにとってしまうでしょう。
しかし、このmaj7thの和音を知っている人は、こういった傾向に歯止めをかけることが出来ます。根音の人も、maj7thの人もお互いに対して半音の差を出そうとするでしょう。問題は、ここできっちりmaj7thの音響をイメージしてピッチ調整を行っているかどうかです。単に同じ音になっちゃいけないと思っているだけでは、最初のケースとずれの方向が違うだけでやはりハモらないことには変わりありません。
私の経験で言わせてもらうと、maj7thがハモらないのは、たいてい根音を歌う側に問題があります。特にmaj7thのテンション音は、歌う側が気持ちよいと思わせるようなフレージングの中で現れることが多く、横のつながりで意外とmaj7thの音はきれいに聞こえます。その一方、根音を歌うのはたいていベースですが、このピッチがぶら下がることが多いのです。「シ」まで近くなっても、響きはVの和音ぽくなって、これでも意外といけてしまうので余計たちが悪いです。かといって、むやみに高めにとると、音楽全体のピッチを高めにもっていく良くないベクトルが生じてきます。根音のパート(そこのベースのあなたのこと!)は、よくよく気をつけて、安定した音を出してもらわなければいけません。
なお、maj7thはクローズドなボイシングでは、実音上で半音ぶつかる場合(二度)が最近結構目立ってきました(以前は長七度が多かったように思う)。でも、長七度よりも二度のほうが音が近いだけ実は簡単かもしれません。

もう一つ、最近特に重要なテンション音は9thです。和音は三度堆積で作られますから、本来ならば9の和音は7thも持っているはずですが、最近の9thの使い方は7th抜きが多いのです。簡単に言ってしまえば、根音が「ド」なら「ドミソレ」というような構成音ということになります(クローズドなら「ドレミソ」と書いたほうがいいかも)。
なお、マイナーコード(短和音)でも9thはよく使われます。「ラ」を根音にした場合、「ラシドミ」あるいは「ラドミシ」といったような構成音となります。
9thの場合、maj7thと違って、テンション音がおまけでついているという感覚が私にはあります。恐らくmaj7thは上で書いたように、Vの和音にも取れるほど、他の音との繋がりが強いのですが(「シ」は「ミ」と完全五度、「ソ」と長三度の関係)、「ドミソ」の中に入った「レ」は他の音に対して和声的に繋がりが弱いのがその原因だと思われます。「ソ」と完全五度を作るくらいですね。
結果的に、9thの和音では割と基本となる「ドミソ」や「ラドミ」の三和音の成分が安定しています。事実、私の経験で言えば、9thがハモらないのは、たいてい9thを歌っている人に問題があります。ああ、また言ってしまった。
ついでにもう一つ言わせてもらうと、9thは小音量でもきれいに聞こえます。キメの和音では9thを大きな音量で出すと、和音のバランスが崩れ和音感が失われるように感じることが多々あります。人数バランスや、音域的に9thが大音量になりそうな場合、指揮者は的確にその音量感を指示する必要があると思います。
9thは、根音と第三音の中間にありますから、どちら側に引きずられやすいとは言い辛いところがありますが、気持ちのいい音域では少し高めにとられてしまう傾向があるように感じます。私としては、9thを歌う人は、第三音の人よりも根音を歌っている人に合わせにいくべきです。それを気をつければ、かなり和音の精度は上がるような気がします。

はっきり言って、上記のmaj7th, 9th の二つを意識できるようになれば、昨今のヒーリング系合唱曲の和音はかなり対応できるようになると思います。たまには、練習のとき以外も楽譜を紐解き、曲の和音分析をしてみてください。



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