クローズドハーモニーのピッチ精度に悩む(02/9/7)


先日の談話に書いたように、機能和声的に書かれながら、テンション音を多用するヒーリング系合唱曲が流行っています。私もそういう曲は大好きなのですが、これらの曲を合唱団で歌う際、どうしても微妙なピッチ精度が要求されます。残念ながら私の身の回りの団体では、こういった和音がなかなか決まらなくて、ピッチの指摘に終始する練習が続いているのが現状。そこで、私なりにこういったハーモニーをどのように理解し、歌っていくべきか考えてみたいと思います。

その前に、これらの曲がなぜそこまで微妙なピッチ精度が要求されるのでしょうか。
恐らく合唱人のピッチ精度は、本人たちが思っている以上に悪いものです。押せば正しい音が出る鍵盤楽器と比べればもちろんのこと、管や弦楽器に比べても、そのピッチ精度の悪さはセントにして一桁は違うと私には感じます(それなのに純正律を論じるなどちゃんちゃらおかしい^^;)。通常の長三和音、短三和音を鳴らす分には、恐らくそれはまだ許容範囲だったのです。あるいは圧倒的な音圧や、声の良さでカバーできる範囲のものでした。
クローズドハーモニー(いわゆる密集和音)のような状態になると声部も多くなり、聞く側が一つ一つのパートの音色を聞き分けるのが難しくなります。そうなった場合、人は和音を音の固まりで感じるようになります。このとき、声楽的な充実度よりも、ピッチの安定性と正確性がその印象に大きくかかわるようになると思うのです。
クローズドハーモニーは基本的にはジャズ的な雰囲気から派生していますから、その響きの根拠は実は鍵盤楽器にあるように感じます。したがって歌う側も、「歌」としての要素よりも器楽的な音の出し方が必要になってくるのです。

残念ながら、多くの合唱人が興味を感じる発声の世界はこういった音楽に対応できていません。個人ボイトレでは、今でもイタリアアリアをいかに情緒豊かに歌うかということに終始し、アカペラでの正確なピッチを歌うための声楽的技術の興味とその開拓は十分とは言えないでしょう。
私は声楽の専門家ではないので、発声に関してはあまり技術的に詳しいことを言うことはやめておきますが、私自身がこういった曲を歌うのに必要な発声的要素は以下のようなものだと考えています。
・Beatに対してすぐ鳴る反応の良さ
合唱で声が良いとされている人の悪い癖は、声が常に後から鳴り始めるような音の立ち上がりの悪さです。これはソロで歌う場合にはそれなりに聞こえます。しかし、これは実はアーティキュレーションのコントロールの話と、個人の声楽的性能が混同し本人の中で消化し切れていない証拠です。本当にうまい声楽家は、音の立ち上がりからきちんと声が出ます。
・ピッチがぶれないこと
当たり前ですね。
・小音量で安定していること
一見納得してもらえるけれど、実践ではどうしても逆の現象が起きています。合唱人はある程度の音量を出さないと歌った気がしないという(心理的な)傾向があるので、大きな音でピッチ合わせをしようとします。しかし、大きな音と小さな音では発声の気をつけ方がかなり変わるわけで大音量でうまくいっても、小音量でピッチが合うことにはなりません。そもそもテンション音は小音量で構わないのです。もっと、小音量で歌う練習をすべきです。

ところで、最近流行りのマイクを使ったアカペラなんかも、実はこういう世界に通じています。意外と根は同じなのでは、と私は思っています。トライトーンのCDなどを聞くと、どうしてまあ、メジャー7thや9thやその他のシビアなテンション音がこんなにビシッと決まるのか、不思議になります。
私の思うところ、こういったプロのアカペラグループは、各人がアレンジの能力を持っており、自分の歌う音の和声的意味を良く知っているのがひとつの理由ではないでしょうか。
少しばかり合唱を続けている人の悪い癖は(常套句になりつつある^^;)、音が不安になるとピッチを上方に修正する傾向があることです。これは、声楽初心者の最も忌み嫌う「音が下がる」という指摘に対するアンチテーゼになってしまっているわけです。この傾向が、クローズドハーモニーの合唱曲を歌う場合にかなり悪影響を及ぼしています。
実際のところ、一般の人のハモリの引き出し(頭の中にある音響的記憶とも言える)には普通の長三和音と短三和音くらいしかないのです。もっともっと、その引き出しを増やしてあげなければいけません。つまり、様々な和音の響きを頭の中に覚えていく必要があります。最終的にはこの作業は感覚的なものなのですが、どうしても音楽理論を避けて通れないこともあり、普通の人にはなかなか踏み込んでもらえないのが現状。
ほんのちょっと和声の知識があれば、実はハモリの精度は大きく改善するのではないかと私は思っているのですが・・・



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