ヒーリング系合唱曲の和声分析(02/8/10)


昨今、現代に作曲される合唱曲は難解な響きを持った現代音楽から、聞いていて気持ちが良い響きのきれいな曲が流行りだしています。有名なところでは、ブスト、オルバーンといった作曲家。また北欧の例えばクヴェルノなど。この前、私たちが宝塚で歌ったミスキニスなどは、かなりポピュラー的テイストの濃い合唱曲でした。こういった曲をヒーリング系というのはちょっと抵抗がある人もいるかもしれませんが、とりあえずそんな言葉で一括りにしてしまいます。

ヒーリング系合唱曲には多少共通した和声の使い方がありそうです。自分なりにその特徴をまとめてみましょう。
●節度あるテンション音の多用
「多用」といいながら、「節度ある」というのがミソなんですが、もちろんこれまでの現代曲が「多用」しすぎていたという気持ちがあるわけです。ヒーリング系が聞いていて気持ちが良いのは、和音の流れを一般の人が十分把握できるからです。テンションをあまりに多用するとドミナント・トニックといった和声の流れを感じることはかなり難しくなります。というより、すでにそういった機能和声的世界を放棄している曲は流れどころではありませんけど。
ですからヒーリング系にはある程度の機能和声的気分が残っているとも言えると思います。しかし、それを現代的な雰囲気にするために、テンション音を節度を持って使用するわけです。
特に重要なテンション音はハ調でいうなら「ラ」「シ」「レ」の音です。つまり、「ドミソ」の和音の場所で、その機能を残しつつ「ラ」「シ」「レ」を使って、現代風の和音を作っていくわけです。問題はどこで、あるいはどうやってこの「ラ」「シ」「レ」を入れるかです。

●モード的雰囲気
上記の「ラ」「シ」「レ」をどのように入れるか、という解決の一つがこのモード的雰囲気と言えるかもしれません。(モードについては過去のこの記事を参照のこと)
「ラ」や「シ」や「レ」を入れてその和音をべったり鳴らすのは、作曲時の考え方としては楽ですが、常に同じようにしてしまうと曲の拡がりが出てきません。メロディパートと和音の穴埋めパートが明確になってしまったり、必要な音を入れようとして声部(div.など)を増やしてしまうという弊害も起こります。
それならば、各声部がもう少し自律的な動きをしたほうが面白そうです。「ドミソ」の和音の場所で「ラ」「シ」「レ」がテンション音として機能するなら、「ファ」だけ抜いてある程度旋律っぽく動かしてやるというのがこのモード的な解決法です。もちろん、これも言葉じりを捕らえて各パートを動かしすぎると、もう何だかわからない音楽になってしまいます。ここにも節度は必要ですが、和音としてのテンション音でなく、旋律線に含まれるテンション音ならば、瞬間的に音がぶつかっても逆にそれが刺激的に聞こえます。
例えば通常の4声の曲ならば、2声をメロディとその対旋律に使い、残りの2声を和音の支えに使う、というような折衷的なパターンも多いようです。概して言えるのは、ホモフォニックなのに同時に対旋律が存在するようなそういった書き方がモード的雰囲気を醸し出すのかもしれません。

●ドミナント機能の工夫
機能和声的に響くならどうしてもドミナントモーションは感じるはずです。古典的な和音展開で言えば「ソシレ」->「ドミソ」という和音の流れです。「ソシレ」に「ファ」をつけると、よりドミナントモーションの力学が強く働きます。一般にそれは、「シ」「ファ」の二つの音が不安で緊迫感を感じさせる減五度であること、そしてそれぞれの音が半音の変化で「ミ」「ド」となり和音の解決感を感じさせること、などの要因があるとされています。
このような強烈なドミナントモーションはむしろ古典的音楽の典型的な和声の動きです。しかしヒーリング系合唱曲では、ドミナントモーションももう少しオブラードに包まれたような響きを感じさせます。コードネームで言うなら「G9」「Db7」、さらにもう少しドミナント感を押さえたものとして「F/G」「Dm7/G」「Fm/G」など、また「Bb」「Gm7」などもあり得ます。分数和音などは構成音が多くなり、上で言ったような声部の増加を招く危険性があります。ここでも、上と同じようなモード的、あるいは旋律的な処理を施してやると無理なくヒーリング的雰囲気を出すことが出来るように思います。

ざっと三つほど書きましたが、実際のところヒーリング系の気持ち良さは和声分析だけでは無理な気がしてきました。リズムパターンや旋律と対旋律の関係など様々な効果と和声の微妙な絡み合いがポイントだと思います。そういう意味では、どの曲も実は絵に書いたようなコードネーム振りが不可能な場合が多いのです。
シンプルのようでいて和声的解釈が難しい、しかしそれでもきれいに響く、こういった昨今の合唱曲は私自身大いに影響を受けています。今後さらに多くの美しい曲が増えてくることを期待しています。



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