気になる作曲家 千原英喜篇(02/2/16)


今、「気になる」という言葉に最もふさわしいのは、この千原英喜という作曲家です。
合唱系以外の方はほとんどご存じないと思われますが、合唱界ではここ数年急速に取り上げられるようになってきました。千原氏は1957年の生まれ、現在は関西(神戸?)に在住とのこと。東京芸術大学作曲家卒というバリバリの経歴を持っていますが、作曲家としてのこれまでの活躍はそれほど華々しい感じはしません。イタリアに留学していたのか、経歴にもイタリア関係の賞歴や活動が記載されています。
合唱における氏の作風はかなり特徴あるものです。まず題材が純日本的、あるいは日本の民族性によるものを中心としています。具体的には、日本の古典を題材にしたものが非常に多いのです。あるいは、地方で伝承されてきた民謡をモチーフにしたものなどもあります。音楽的には、はっきり言って極めてシンプル。ユニゾンも多いし、単純な反復も多用されます。しかし、題材がやはり硬派なためか、曲のシンプルさが決して音楽の内容の薄さを表しません。むしろ、伝えたいことが全面的に押し出され、より民族性の高い音楽として聴く側にも深い印象を与えます。

こういった作曲家の登場は、恐らく多くの合唱愛好家にとって朗報であったに違いありません。
世にはいろいろな作曲家が登場しては消えていきます。同じような題材で、同じような音楽的方向性を持つならば、どうしても音楽の構築の完璧さ、手数の多さ、技法の多彩さ、そして多くの音楽的技術的要素が一部の専門家だけしか満足させないような、そういった音楽が素晴らしいとされ、昨今ではそういった作曲家が名を広めているような感がありました。確かに、合唱コンクールのような場において非常な難曲を演奏したいという需要がある限り、こういった作曲家は必要なのかもしれませんが、多くの合唱人が心の奥底で、もっとシンプルでかつ内容の濃い歌を歌いたい、と思っていたものと私は感じるのです。
そういった想いの表れが、外国のシンプルな現代宗教曲への嗜好性となって現われたりもしているようなのですが、やはり邦人曲でそういった音楽が作られるべきでした。
そういった中で、千原氏の音楽は私たちの要求に全く見事にジャストフィットしました。今時の作曲家で、全声部を全くのユニゾンで書くなんて人はなかなかいません。それはある意味、とても勇気のいることです。しかし、そういった態度の作曲法からは、非常に彫りの深い旋律が生まれて来ます。一般には和声とメロディという単位で曲は作られているものですが、西洋的な対位法とは別の次元で、複数の旋律がからまるような音楽が生まれてくるのです。

さて、千原氏に関しては、もう一つ書いておきたい情報があります。
以前、「神奈川県合唱曲作曲コンクール」というのがありました。ちなみに私は第18回のときに、このコンクールで佳作をいただきましたが、第20回でこのコンクールは終了してしまったようです。
私が入賞したとき、このときの上位入賞者の楽譜が入選曲集として発行されましたが、この冊子の巻末にこれまでの神奈川県作曲コンクールの入賞者一覧表が書かれています。今超人気の作曲家から、聞いたことの無いような人の名前まで書かれていて非常に興味深いのですが、この中で最もたくさん名前が載っているのが他ならぬ千原英喜氏なのです。千原氏はこのコンクールで第6、7、9回で佳作、第10回で第三位になっています。入賞曲の中でも、千原氏の作品名だけが異質なので余計に目立ちます。
この佳作になった作品は、現在「おらしょ」という題名で広く歌われている作品や、またイタリアの合唱コンクール課題曲になった「市都歌」なども含まれています。神奈川の作曲コンクールで一位から三位でなく佳作にしか引っかからなかったこれらの曲が今になって非常にヒットしているというのは、ある意味作曲コンクールというものの構造的な欠陥を露呈しているような気がしてなりません。つまり、作曲コンクールという以上、どうしてもある程度の手数の多さが競われてしまう傾向があるように思うのです。その結果、本当に合唱を歌う人たちが面白いと思う曲を、ちゃんとすくえないということにもなり兼ねません。
私自身、千原氏の方向性には大いに賛同します。民俗音楽的な部分は私にとって未開拓な領域ですが、シンプルなアカペラ合唱曲を作っていきたいと思う気持ちは私自身の今の目標でもあるのです。



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