選挙の季節(99/4/4)


統一地方選挙が始まりました。
何が変わるかって、選挙カーがうるさくて、いやがおうでも選挙という気分を感じさせます。ところが、本当に自分でチェックしておかないと、いったい何の選挙があるか、実は良く分かっていなかったりします。私は最近人に聞いて、ようやく何の選挙があるのか、把握したところです。浜松では、まず県議選と衆議院の補欠選挙が11日に、市議選と市長選がそのあとにあるようですね。
私の身の回りでも、選挙に関わる人が結構います。特に組合活動をやっている人はやらざるを得ないでしょう。会社でも組合の代議員を通じて、組合の推す候補の宣伝やら応援やらいろいろな要請がきます。それから、建設会社などやはり会社ぐるみで選挙の支援をしたりしているようです(もちろん自民党)。
選挙というのは、何しろ一人でも多くの人から支援されることが必要ですから、何かしらの集会でも人がたくさん集まっているほうが見栄えがいいわけです。実際、事務所開きとか街頭演説とかでたくさん人が集まっていますが、多くの人は自らの意志で集まっているわけでなく、支援する組織から動員されてきています。そして、一通り演説を聞いた後、「えいえいおー」とか叫んで帰っていきます。私もやったことあるし、今週も一件いかなきゃいけないのがあります。
それから、事前にどのくらい票が集まったかを知るために、後援会への署名登録などが行われます。これも、担当者は一人何枚とかノルマを持たされるので、「お願い、名前だけでも貸して」とか言われて、適当に署名することもしばしば。昔は、自分の支援している人でなきゃ絶対書かない、とか思っていたけど、最近では目の前で人が困っていると思わず書いてあげたりします。

私でなくてもたいていの人はこんな感じでしょう。それでも、いろいろな活動を頼まれているうちになんとなく候補者に親近感が湧いて、思わず選挙のときには入れてあげたりするのかもしれません。まあ、そういう狙いもあるにはあるんでしょうが。
多分、昔なら上のような方法でもそれなりに効果があったと思いますが、果たして今の時代、どうなんでしょうか?自分が何かの団体に所属して、そこから生活の何から何まで援助されていたなら、その団体の推す候補者に投票することはごく当たり前な行動だったかもしれません。ところが、こういった時代になって、会社も平気でリストラをするようになって、個人の団体への帰属意識が2,30年前に比べたら全然落ちているはずです。上のような動員や署名も、単に仕事の一環でやっているに過ぎず、選挙当日は全然違う人に入れても、また選挙に行かなくても、多分何の良心の呵責も感じないでしょうね。
そういう時代の流れを敏感に感じるなら、選挙活動をする人たちも、もっともっとやり方を変えるべきじゃないでしょうか?集票組織だってもう何も信用できないですよ。なら、いままで選挙に足が向かなかった人たちをどう動かすか、と一般人レベルで考えてみることです。
上のような選挙活動のためにその団体がかけたコストも馬鹿にならないし、それで効果がないようなら会社も組合もしまいには選挙なんて馬鹿馬鹿しくてやってられなくなります。でも、そうなって初めて個人が個人の考えで選挙に臨むという、ごく当たり前の社会になっていくのではないでしょうか。


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