世界最古の電子楽器テルミン(01/9/15)


一般にマイクで音を拾って電気的に音を大きくする楽器は電気楽器、そして音の発振そのものから電気的に行うものを電子楽器と呼んで区別します。エレキギターやエレクトリックピアノは電気楽器、ということになるのですが、電子ピアノやシンセサイザーの類は当然電子楽器ということになります。
シンセサイザーならムーグ博士によるムーグシンセサイザーがシンセ黎明期の名機ということでご存知の人も多いでしょう。そして、同じく電子楽器に詳しい人なら同様によく知られているのがこの世界最古の電子楽器といわれるテルミンです。
もちろん私もその存在は知っていましたが、電子楽器初期のキワモノという認識でしかありませんでした。同じく自由なピッチ変化が出来る電子楽器としてはオンド・マルトノのほうが有名ですし、多くの音楽にも使われています。
なぜ、テルミンが一見キワモノに思えるのか、それはなんと言っても何にも触れることなく空間で手を動かすだけで音が変化する、という独自の演奏方法にあります。確かに、何にも触れずに音をコントロールするというのは電磁気の力だからこそできるわけですが、楽器を弾くという行為は楽器の操作子を直接コントロールする感覚と分かち難く結びついているわけで、それがテルミンを電気オモチャ的なものに感じさせてしまう一因なのでしょう。

このテルミンという楽器は、ロシアの科学者テルミン博士によって1921年に発表されました。
その後、ものめずらしいこともあったのかこの楽器はアメリカを中心に注目を集めます。テルミン博士もその後活動をニューヨークに移し、コンサート活動のほか、製作のライセンス譲渡などの事業を展開。ところが、あるときこのテルミン博士は家族を残し、突然失踪します。どのような理由か定かではないのですが、その後ソビエトで強制労働(兵器の開発など)させられるなど苦難の日々を過ごしたのです。時代は東西冷戦の真っ只中、テルミン博士は国外に出ることも許されずソビエトで別の研究を続けていたのですが、最晩年になってゴルバチョフの登場になりようやくアメリカ再訪を果たしたのでした。そしてテルミン博士は1993年、97歳で波乱万丈の生涯を閉じます。
このテルミン博士の数奇な生涯を描いたドキュメンタリー映画が最近日本で公開されています。そのせいもあってか、このテルミンが密かにブームになっているようなのです。
確かに、このテルミンの奏でる音楽は不思議な叙情性を持っています。
そもそも、楽器の特徴というものは、発音体の音色の違いだけでなく、その演奏法にも大きく影響されるものです。例えば、鍵盤楽器は一つ一つの音をスイッチ化して操作を単純にした分、多くの音を同時に出すことを可能にしました。そして、それは一音の表現力よりは、ハーモニーなど複数音による音楽の表現を作り出します。弦楽器では、弓の動きが発音中の細やかな音色変化を可能にし、それが一音の表現力を多彩にしています。
テルミンは一度に一音しか発音しません。空間中で手を動かし、主に右手で音程調整を、左手で音量調整を行います。しかし、その音程も音量も全く境目がなく、滑らかな変化が可能です。小刻みに震わせれば、トレモロ効果、ビブラート効果も出せます。音色は、ほぼサイン波に近い単純な波形ではあるのですが、このような手先の微妙な操作によって温かみのある表現も可能になるのです。

純粋にテルミンをフューチャーしたCDが最近発売されています。Nextレコードから出ている竹内正実の「訪れざりし未来」(NXCD-0010)です。竹内氏はテルミンに魅せられ、ロシアでテルミンの愛弟子であるリディア・カヴィナ氏に師事した日本のテルミン奏者の第一人者ともいえる人です。このCDを聴くと、テルミンが一般的な音楽の旋律も充分に奏でられる能力があることがわかりますし、その不思議な音色の魅力を充分に聴くことが出来ます。率直に言うとオリジナル曲の出来に不満がありますが、いずれもっと多くのテルミン用楽曲が増えていくことを期待しましょう。


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